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七夕

七夕-9
2021年06月30日

By KOKORO(毎日新聞社+VAIJ主催、在ベトナム日本国大使館など後援)

 
日本に留学して最初の夏が近づく6月末ごろ、ちょうど期末テストの勉強でストレスがたまっていた時期のことでした。寮の共有ホールに葉が茂った大きな笹(ささ)が立てられ、そばに小さくて長細い鮮やかな色の紙とペンがたくさん置いてありました。この紙は「短冊(たんざく)」といい、日本の「七夕(たなばた)」という節句に自分の願いを書いて笹に結びつけると、その願いがかなうと言われていることを日本人の友達から聞きました。そして七夕の日の7月7日、私たちは織姫(おりひめ)と彦星が年に1度会う場面(星空)が見えるよう、雨が降らないことを祈っていました。【Nguyen Viet Ha】

1. 七夕の由来

七夕は「しちせき」とも読み、もともとは中国で誕生した行事で、日本の伝統的な五節句の一つです。七夕の由来は諸説あるのですが、よく知られているのは❶織姫と彦星の恋愛伝説❷神道の儀式の一つ❸中国の「乞巧奠(きこうでん)」です。

❶は一般的に知られている話ですね。この時期の夜空に見られる明るい二つの星、織姫(織女)と彦星(牽牛)のロマンチックな恋の話。女性を象徴する織女ということ座の星(ベガ)が縫製を、わし座にある彦星(アルタイル)が農業を営んでおり、この二つの星が7月7日に銀河で最も明るく輝くので、昔の中国の人たちはこの日を「織姫と彦星が年に1度だけ会える大切な日」と言いました。中国だけではなく日本やベトナムにも同じ伝説があります。

❷は七夕が日本に伝わる前からあった風習と中国の七夕行事が結びついたという説です。日本には、7月7日の夜に乙女がきれいな水辺の機屋(はたや)にこもって守護神のために衣を織り、棚に置いて機屋(はたや)を出て神の訪れを待ったという伝えがあり、この乙女は「棚機津女(たなばたつめ)」と呼ばれました。中国から伝わった❸の乞巧奠と重なり、七夕の風景になったという説です。日本にはその後、仏教が伝来し、旧暦の7月の満月の日にあたるお盆(今は西暦の8月15日)が重視されたため、七夕がお盆の準備を始める行事となりました。

❸の乞巧奠は、中国の婦人たちが7本の針の穴に彩りの美しい糸を通して捧げ物を庭に並べて針仕事の上達を祈願したと言われている儀式がルーツです。昨今の中国では、中国の五行説に基づいて青(緑)、赤、黄、白、黒の5色の布や糸が捧げられます。この5色が日本の七夕の「五色の短冊(ごしきのたんざく)」の由来とも言われています。

2. 七夕の楽しみ方

平安時代の七夕は宮中行事でした。貴族が果物や穀物、海産物などを供えて星をながめ、楽を奏でて詩歌を詠みました。サトイモの葉にたまった夜つゆを「天の川のしずく」と考え、それで墨を溶かして梶の葉に和歌を書いて願いごとをしていました。梶は昔から神聖な木とされ、祭具としてよく儀式に使われました。

七夕は江戸時代(16〜19世紀)になって庶民に広がり、五節句の一つになりました。笹に短冊をつるして願い事をするようになったのもこの時代です。庶民も手習い事や学校の前身である寺子屋で学ぶ子どもが増えたことから、星に上達を願うようになったのです。したがって、短冊には「○○が欲しい」ということではなく、何かの上達や夢をつづった方がよいとされています。

笹を使う理由ですが、ベトナム人と同様に日本人にとっても笹や竹は生きる力が強く、冬にも青々として神聖な力を持つ植物だからと言われています。祭りが終わった後、笹に飾った短冊は白い紙に包んで燃えるごみとして処分するのがお薦めです。神社によってはお守りなどと一緒に燃やしてくれるので、持参するのもよいでしょう。笹は、庭で燃やすか燃えるごみとして処分します。昔は川に流す習慣もありましたが、環境問題の高まりを背景に、今ではその習慣はありません。

現代の日本では、七夕の数週間前には保育園や学校、職場や駅などに笹が飾られ、短冊とペンがおいてある光景が見られます。盛大な七夕祭りが開かれる地域もあり、日本人の願いや希望に満ちた文化が七夕です。

私の息子が小学2年の時、「観覧車に乗りたい」と書いた短冊を書きました。その願いを読み、翌月息子を観覧車載せて願いをかなえました。日本の七夕は老若男女問わず楽しんでいます。

3. ベトナムでの七夕

日本と同じように織女と牽牛の恋の話はベトナムにも伝わっていますが、時がたちベトナムの話は中国の話と異なります。

牽牛(牛郎)は玉皇大帝の牛を飼う神様で、織物の仕事をする織女という天女に恋をして仕事をおろそかにしました。織女も牛郎の笛に夢中になって織物の仕事を怠りました。それを発見した玉皇大帝が怒って2人を銀河の水源地と河口に離ればなれに住まわせ、お慈悲で7月7日に会うことを認めました。年に1回しか会えない牛郎と織女は別れる時にたくさん泣き、2人の涙が地球に降って雨になります。ベトナムでは、七夕の時期の雨を「mưa ngâu」(牛雨)と言い、牛郎と織女を「ông ngâu」「bà ngâu」(牛様)とも言います。

ベトナムでは旧暦の7月(今の8月ごろ)がとても暑いので、「牛雨」は農家によく期待されます。ベトナム人にとってこの時期の雨は牛郎と織女の別れの涙ですから、結婚式やそれに関わる行事は避けることが多いです。

ベトナムには、この寂しい恋の話を主題にした歌がたくさんあります。Thanh Tùng の “Mưa ngâu”や Phạm Duy の “Hẹn hò”などです。

4. 七夕は日本の文化

有名な漫画「ドラえもん」にも「七夕の空が落ちてきた」という話や、ひみつ道具「ねがい七夕ロケット」が出てきます。漫画やアニメを通して日本の文化は次世代に伝わります。

日本各地には、有名な七夕の祭りがあります。

・京都の七夕祭り=七夕祭りは観光地の鴨川などで開催されます。
・仙台の七夕祭り=日本3大七夕(祭り)の一つで、吹き流しがたくさん吊り下げられます。ここの七夕祭りは世界中に有名で、200万人以上の観光客が訪れた年もありました。
・湘南ひらつか七夕まつり(神奈川県)=日本3大七夕(祭り)の一つです。

全国の七夕祭り
external link https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/trend/tanabata

※新型コロナウイルス感染拡大のため中止や延期のお祭りが多いので、確認が必要です。

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