わたしの体験

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By KOKORO(毎日新聞社+VAIJ主催、在ベトナム日本国大使館など後援)

今回の先輩 

ゴ・ティ・テュ・タオさん
  • 2010年 クロンボング高校卒業
  • 2011年 ホーチミン食品工業大学入学
  • 2015年 食品加工会社入社
  • 2015年 ホーチミン食品工業大学卒業
  • 2016年 日本語学校入学
  • 2017年 訪日→講習→農業の技能実習(6月)〈北海道〉
  • 2019年 日本語能力試験N2合格
  • 2020年 技能実習修了
  • 2021年 北見工業大学大学院入学

〈1992年生まれ、ダクラク省出身〉

タオさんは行き届いた環境で農業の技能実習を修了後、日本の大学院に進んだ。親切な農家の方々とのふれ合いやベトナム語禁止で寮生活を送って日本語力を磨いた様子などを紹介する。

アルバイト先で「日本」と出会う

日本の野菜〈イメージ写真〉

私が日本を意識したのは、大学時代にホーチミンのイオンモールにある日系の店で1年間アルバイトをしたのがきっかけでした。ドラ焼きやドーナツ、豆腐などを売る店です。上司の日本人女性は毎日7時から24時まで働いていましたが、遅くまで働いても不満そうにせず、私たちにもやさしくしてくれました。私が残業するときには、彼女が買ってくれたおやつを休憩時間に一緒にいただきました。私は彼女の働きぶりや気配りを見て、「日本人の働き方はすごい」と感心しました。

また、イオンのスーパーマーケットでは日本の野菜が売られています。ローカルの店より値段が高いのに買う人が多いので、不思議に思って手にすると、まず見た目がきれいでした。そして、買って食べてみたところ、味もよく、農薬が少ないだろうという安心感がありました。それ以降、私はレタスなど日本の野菜を買うようになりました。

こうして、私は日本にあこがれるようになりました。日本で働くか留学したいと思いましたが、お金がないので、そのときは方法が分かりませんでした。

技能実習制度を知って訪日決意

父の農園

私は大学で食品化学を専攻しました。父は小さなコーヒー農園を営んでいますが、私はいつか父の農園を拡張し、自分の専攻も生かして安全な農作物を作りたいと思っています。卒業後、小さな食品加工会社に入りましたが、半年でやめ、故郷のダクラク省に戻っていとこが経営する仏壇仏具の製造販売(工場管理)を手伝いました。しかし、これも本当にやりたい仕事ではありませんでした。

そんなとき、大学で仲良し3人組(女2人、男1人)の1人だった友人が技能実習で日本に行くことになりました。彼は私に「君も技能実習に行って、お父さんの農園を拡張するための資金を貯めたらどう?」と勧めました。私は自己資金なしでも日本に行ける技能実習の仕組みを初めて知り、自分も日本に行くことを即決しました。

低額で優良な送出機関

アルバイト先の日本料理店の前で同僚と〈ハノイで2015年〉

技能実習の送出機関は、彼と同じエスハイにしました。エスハイグループの日本語学校はカイゼン吉田学校で、私はここで10カ月間勉強しました。私は農業関連の求人を待ち、入学して3カ月後(2016年10月)に初めて採用面接を受けました。それに合格し、約半年後に北海道に行くことになりました。実習先は美幌町農業協同組合(JAびほろ)です。私は日本の栽培技術や農薬の基準などを学びたかったのです。

エスハイと吉田学校に支払った費用は合わせて約 90,000,000 VND(約431,700円)で、送出手数料や教育費を含めた総額です。ベトナム政府の費用規定を守っている数少ない送出機関の一つで、日本語教育にも定評があります。私は寮には住まず、これとは別に生活費が毎月約4,000,000 VNDかかりました(アパートを3人でシェア)。

※100円=20,847 VND(2021年7月26日現在)

external link 技能実習で本当はいくら貯金できるの?

「北海道方式」の農業実習

JAの方々と私たち技能実習生〈実習修了の日に選果場で〉

2017年、私は同期3人と一緒にJAびほろに赴任しました。ここの技能実習の1期生です。仕事内容は季節ごとに違いました。2~7月はJAの育苗センターや畑での仕事(苗植えなど)が中心で、7~10月は畑での収穫作業や選果場でニンジンの選別、11~4月はタマネギの選別などが中心です。

仕事時間も季節で違います。5、6月は毎日8.5時間、11~2月は7時間、それ以外の月は7.5時間でした。残業はあまりなく、帰宅してから勉強する時間が十分にありました。閑散期にも選果場での実習を盛り込んで労働時間を確保し、逆に繁忙期には少し労働時間を長くするだけで過密労働にならないようにする農業実習の方式は「北海道方式」などと呼ばれ、技能実習生に人気です。

畑に行くときは朝7時ぐらいにJAの人が車で迎えに来てくれます。畑では、機械で行う苗植えや収穫の際に、植え損なったり収穫し損なったりした部分を実習生が補います。また、雑草抜きもします。JAの選果場では、ベルトコンベアで運ばれてくる野菜のうち腐ったものや形の悪いもの小さ過ぎるものを手で取り上げ、別のコンベアに乗せます。

仕事で日本人とたくさん会話

畑で同僚と=右端が私〈2020年〉

JAの方々も農家の方々も私たちにとても親切にしてくれました。 畑では、草取りなどをしながら農家の方々とよく話をしました。ランチには弁当を持って行きますが、たいていは農家の人もおかずを分けてくれました。また、ランチ以外の1日2回の休憩のときには、お菓子やジュースを出していただき、食べながら談笑しました。選果場でも同じように親切にしていただきました。

そして、「ベトナムで安全な野菜を作りたい」という私の夢を話すと、農家の方々はいろいろなことを教えてくれました。たとえば、ニンジンの病気や予防法、ジャガイモとトマトを近くに植えると互いに病気になりやすいこと、有機栽培のやり方などをていねいに教えてくれました。

寮でベトナム語禁止

寮に掲げたベトナム語禁止のはり紙(右下に4人の署名と押印)

ベトナムで日本語をしっかり勉強しましたが、来日当初はそれでも日本人の話す言葉をあまり聞き取れませんでした。しかし、仕事で日本人と話すことが多かったので、だんだんと会話力がついてきました。また、寮でも毎日3時間以上勉強しました。寮には勉強部屋もあり、1人1台ずつ机がありました。夕食後に4人で2時間勉強し、私は4時に起きてさらに1時間半勉強しました。睡眠は5時間半~6時間でした。

私は農業関係など日本の本を読めるようになりたかったのと、日本人ともっとコミュニケーションを取れるようになりたかったのです。同僚にも日本語教師や日系企業への就職など実習後の目標がありました。そこで、4人で話し合って、実家に電話するとき以外は寮でベトナム語を話さないという決まりをつくりました。違反すると罰金100円を共同貯金箱に入れなければなりません。こうして4人とも日本語能力試験(JLPT)N2を目指し、私を含む2人は実習中に合格しました。

JAと監理団体のサポート

JAの人たちに連れられて観光

JAびほろの職員の方々は私たちの仕事・生活・学習を十分にサポートしてくれました。例えば、生活雑貨や本の買い出しのために別の町に車で連れて行ってくれたり、観光に連れて行ってくれたりしました。私たちは観光で行きたいところがあれば、JAの方々に相談します。北海道の観光地に行くには電車・バスだけでは難しく、車が必要だからです。すると、JAの方々は時間を作って私たちを観光地に連れて行ってくれることがありました。また、JAはJLPT受験を出張扱いにしてくれて、試験会場への交通費・宿泊費と受験料を出してくれました。

東亜総研の交流会で遊園地へ(右端が私)

監理団体の「東亜総研」の方々にもとてもお世話になりました。東亜総研の皆さんは日ごろから「困ったことはないですか」と聞いてくださり、将来の進路についても一緒に考えてくれました。また、実習生向けにJLPTの模擬試験も行い、年2回、地域の実習生を集めて遊園地や焼肉などを楽しむ交流会も開いてくれました。

公益財団法人「東亜総研」

kitami@toasoken.asia

※東亜総研の監理する技能実習に興味がある人はベトナム語で問い合わせができます。

東亜総研の交流会で焼肉

JLPTの模擬試験

技能実習→大学院

私は技能実習を終えて、同じ地域にある北見工業大学の大学院に留学しました。技能実習後に留学する場合、通常は一度母国に帰国して1年近く期間を空けなければなりません。しかし、新型コロナで帰国が難しかったのと、行政書士が、私が技能実習で学んだことと大学院で学ぶこととの関連性を入管に適切に説明してくれたお陰で、帰国せずに留学できました。

留学のきっかけは東亜総研の長澤さんの勧めでした。北見工業大学が外国人留学生の受け入れを本格化することを知った長澤さんが私を大学に紹介してくれたのです。私は実習が終わったら帰国しようと思っていましたが、実習修了の半年前に長澤さんから大学院のお話をいただき、留学生向けの試験を受けることにしました。

大学院の研究室で実験中(左は指導教官)

2020年5月に実習を終えた私は「特定活動」という在留資格で日本に残り、8月に大学院の入試を受けました。入試内容は、私のベトナムの大学での卒業論文を日本語資料(パワーポイント)にまとめて日本語で試験官に説明し、質問に受け答えすることでした。私は合格し、2021年4月から大学院に通っています。

学費は無料で、大学が見つけてくれた大口の奨学金と東亜総研での週1回のアルバイトで生活費をまかなっています。大学院では、残留農薬の毒性を分解する方法などを研究し、実験に明け暮れています。

北海道での生活

技能実習時代の寮

週に一度のスーパーへの買い出しは、夏は自転車で行きますが、美幌では12月末から3月末まで路面の雪が凍り、自転車に乗れません。そこで、仕事が終わってJAのバスで帰る際、仲間と一緒に途中で降りてスーパーに寄ります。スーパーから寮まではタクシーで帰りますが、そのときに「ベトナム語禁止」を破った際の罰金を貯めたお金を使いました。

北海道の冬は確かに寒いですが、室内の暖房は強く、外に出ている時間は短いです。また、選果場の方々が「暑い国から来たから、寒さがこたえるでしょう」とジャンパーや毛糸の帽子、手袋などをくれたので、気持ちも暖まりました。

同僚のベトナム人は同期も後輩も仲が良く、よくみんなで食事会をし、東京・横浜にも2回、一緒に行きました。本当は京都にも行きたかったのですが、新型コロナの関係でまだ実現していません。

私の家計簿(1カ月の平均)

※技能実習時代の家計簿

※100円=20,847 VND(2021年7月26日現在)

収入(合計100,000円)
手取り給料 

100,000円

※税金、社会保険費、寮費を差し引いた額

※このうち寮費・光熱費・Wi-Fi代が合計25,000円

支出(合計30,000円)
食費 

15,000円

雑費

15,000円

※生活用品、外食、交通費など

差額・貯金(合計70,000円)

※3年間で約250万円を実家に送金

今回の先輩 

グエン・デュイ・ミンさん
  • 2010年 クロンボング高校卒業
  • 2011年 ホーチミン食品工業大学入学
  • 2015年 食品加工会社入社
  • 2015年 ホーチミン食品工業大学卒業
  • 2016年 日本語学校入学
  • 2017年 訪日→講習→農業の技能実習(6月)〈北海道〉
  • 2019年 日本語能力試験N2合格
  • 2020年 技能実習修了
  • 2021年 北見工業大学大学院入学

〈1992年生まれ、ダクラク省出身〉

タオさんは行き届いた環境で農業の技能実習を修了後、日本の大学院に進んだ。親切な農家の方々とのふれ合いやベトナム語禁止で寮生活を送って日本語力を磨いた様子などを紹介する。

アルバイト先で「日本」と出会う

私が日本を意識したのは、大学時代にホーチミンのイオンモールにある日系の店で1年間アルバイトをしたのがきっかけでした。ドラ焼きやドーナツ、豆腐などを売る店です。上司の日本人女性は毎日7時から24時まで働いていましたが、遅くまで働いても不満そうにせず、私たちにもやさしくしてくれました。私が残業するときには、彼女が買ってくれたおやつを休憩時間に一緒にいただきました。私は彼女の働きぶりや気配りを見て、「日本人の働き方はすごい」と感心しました。

また、イオンのスーパーマーケットでは日本の野菜が売られています。ローカルの店より値段が高いのに買う人が多いので、不思議に思って手にすると、まず見た目がきれいでした。そして、買って食べてみたところ、味もよく、農薬が少ないだろうという安心感がありました。それ以降、私はレタスなど日本の野菜を買うようになりました。

こうして、私は日本にあこがれるようになりました。日本で働くか留学したいと思いましたが、お金がないので、そのときは方法が分かりませんでした。

日本の野菜〈イメージ写真〉

技能実習制度を知って訪日決意

私は大学で食品化学を専攻しました。父は小さなコーヒー農園を営んでいますが、私はいつか父の農園を拡張し、自分の専攻も生かして安全な農作物を作りたいと思っています。卒業後、小さな食品加工会社に入りましたが、半年でやめ、故郷のダクラク省に戻っていとこが経営する仏壇仏具の製造販売(工場管理)を手伝いました。しかし、これも本当にやりたい仕事ではありませんでした。

そんなとき、大学で仲良し3人組(女2人、男1人)の1人だった友人が技能実習で日本に行くことになりました。彼は私に「君も技能実習に行って、お父さんの農園を拡張するための資金を貯めたらどう?」と勧めました。私は自己資金なしでも日本に行ける技能実習の仕組みを初めて知り、自分も日本に行くことを即決しました。

父の農園

低額で優良な送出機関

技能実習の送出機関は、彼と同じエスハイにしました。エスハイグループの日本語学校はカイゼン吉田学校で、私はここで10カ月間勉強しました。私は農業関連の求人を待ち、入学して3カ月後(2016年10月)に初めて採用面接を受けました。それに合格し、約半年後に北海道に行くことになりました。実習先は美幌町農業協同組合(JAびほろ)です。私は日本の栽培技術や農薬の基準などを学びたかったのです。

エスハイと吉田学校に支払った費用は合わせて約 90,000,000 VND(約431,700円)で、送出手数料や教育費を含めた総額です。ベトナム政府の費用規定を守っている数少ない送出機関の一つで、日本語教育にも定評があります。私は寮には住まず、これとは別に生活費が毎月約4,000,000 VNDかかりました(アパートを3人でシェア)。

※100円=20,847 VND(2021年7月26日現在)

external link 技能実習で本当はいくら貯金できるの?

エスハイの仲間たち〈2017年のクリスマス〉

「北海道方式」の農業実習

2017年、私は同期3人と一緒にJAびほろに赴任しました。ここの技能実習の1期生です。仕事内容は季節ごとに違いました。2~7月はJAの育苗センターや畑での仕事(苗植えなど)が中心で、7~10月は畑での収穫作業や選果場でニンジンの選別、11~4月はタマネギの選別などが中心です。

仕事時間も季節で違います。5、6月は毎日8.5時間、11~2月は7時間、それ以外の月は7.5時間でした。残業はあまりなく、帰宅してから勉強する時間が十分にありました。閑散期にも選果場での実習を盛り込んで労働時間を確保し、逆に繁忙期には少し労働時間を長くするだけで過密労働にならないようにする農業実習の方式は「北海道方式」などと呼ばれ、技能実習生に人気です。

畑に行くときは朝7時ぐらいにJAの人が車で迎えに来てくれます。畑では、機械で行う苗植えや収穫の際に、植え損なったり収穫し損なったりした部分を実習生が補います。また、雑草抜きもします。JAの選果場では、ベルトコンベアで運ばれてくる野菜のうち腐ったものや形の悪いもの小さ過ぎるものを手で取り上げ、別のコンベアに乗せます。

JAの方々と私たち技能実習生〈実習修了の日に選果場で〉

仕事で日本人とたくさん会話

JAの方々も農家の方々も私たちにとても親切にしてくれました。 畑では、草取りなどをしながら農家の方々とよく話をしました。ランチには弁当を持って行きますが、たいていは農家の人もおかずを分けてくれました。また、ランチ以外の1日2回の休憩のときには、お菓子やジュースを出していただき、食べながら談笑しました。選果場でも同じように親切にしていただきました。

そして、「ベトナムで安全な野菜を作りたい」という私の夢を話すと、農家の方々はいろいろなことを教えてくれました。たとえば、ニンジンの病気や予防法、ジャガイモとトマトを近くに植えると互いに病気になりやすいこと、有機栽培のやり方などをていねいに教えてくれました。

畑で同僚と=右端が私〈2020年〉

寮でベトナム語禁止

ベトナムで日本語をしっかり勉強しましたが、来日当初はそれでも日本人の話す言葉をあまり聞き取れませんでした。しかし、仕事で日本人と話すことが多かったので、だんだんと会話力がついてきました。また、寮でも毎日3時間以上勉強しました。寮には勉強部屋もあり、1人1台ずつ机がありました。夕食後に4人で2時間勉強し、私は4時に起きてさらに1時間半勉強しました。睡眠は5時間半~6時間でした。

私は農業関係など日本の本を読めるようになりたかったのと、日本人ともっとコミュニケーションを取れるようになりたかったのです。同僚にも日本語教師や日系企業への就職など実習後の目標がありました。そこで、4人で話し合って、実家に電話するとき以外は寮でベトナム語を話さないという決まりをつくりました。違反すると罰金100円を共同貯金箱に入れなければなりません。こうして4人とも日本語能力試験(JLPT)N2を目指し、私を含む2人は実習中に合格しました。

寮に掲げたベトナム語禁止のはり紙(右下に4人の署名と押印)

JAと監理団体のサポート

JAびほろの職員の方々は私たちの仕事・生活・学習を十分にサポートしてくれました。例えば、生活雑貨や本の買い出しのために別の町に車で連れて行ってくれたり、観光に連れて行ってくれたりしました。私たちは観光で行きたいところがあれば、JAの方々に相談します。北海道の観光地に行くには電車・バスだけでは難しく、車が必要だからです。すると、JAの方々は時間を作って私たちを観光地に連れて行ってくれることがありました。また、JAはJLPT受験を出張扱いにしてくれて、試験会場への交通費・宿泊費と受験料を出してくれました。

JAの人たちに連れられて観光

監理団体の「東亜総研」の方々にもとてもお世話になりました。東亜総研の皆さんは日ごろから「困ったことはないですか」と聞いてくださり、将来の進路についても一緒に考えてくれました。また、実習生向けにJLPTの模擬試験も行い、年2回、地域の実習生を集めて遊園地や焼肉などを楽しむ交流会も開いてくれました。

公益財団法人「東亜総研」

kitami@toasoken.asia

※東亜総研の監理する技能実習に興味がある人はベトナム語で問い合わせができます。

東亜総研の交流会で遊園地へ(右端が私)

東亜総研の交流会で焼肉

JLPTの模擬試験

技能実習→大学院

私は技能実習を終えて、同じ地域にある北見工業大学の大学院に留学しました。技能実習後に留学する場合、通常は一度母国に帰国して1年近く期間を空けなければなりません。しかし、新型コロナで帰国が難しかったのと、行政書士が、私が技能実習で学んだことと大学院で学ぶこととの関連性を入管に適切に説明してくれたお陰で、帰国せずに留学できました。

留学のきっかけは東亜総研の長澤さんの勧めでした。北見工業大学が外国人留学生の受け入れを本格化することを知った長澤さんが私を大学に紹介してくれたのです。私は実習が終わったら帰国しようと思っていましたが、実習修了の半年前に長澤さんから大学院のお話をいただき、留学生向けの試験を受けることにしました。

2020年5月に実習を終えた私は「特定活動」という在留資格で日本に残り、8月に大学院の入試を受けました。入試内容は、私のベトナムの大学での卒業論文を日本語資料(パワーポイント)にまとめて日本語で試験官に説明し、質問に受け答えすることでした。私は合格し、2021年4月から大学院に通っています。

学費は無料で、大学が見つけてくれた大口の奨学金と東亜総研での週1回のアルバイトで生活費をまかなっています。大学院では、残留農薬の毒性を分解する方法などを研究し、実験に明け暮れています。

大学院の研究室で実験中(左は指導教官)

技能実習→北海道での生活大学院

週に一度のスーパーへの買い出しは、夏は自転車で行きますが、美幌では12月末から3月末まで路面の雪が凍り、自転車に乗れません。そこで、仕事が終わってJAのバスで帰る際、仲間と一緒に途中で降りてスーパーに寄ります。スーパーから寮まではタクシーで帰りますが、そのときに「ベトナム語禁止」を破った際の罰金を貯めたお金を使いました。

北海道の冬は確かに寒いですが、室内の暖房は強く、外に出ている時間は短いです。また、選果場の方々が「暑い国から来たから、寒さがこたえるでしょう」とジャンパーや毛糸の帽子、手袋などをくれたので、気持ちも暖まりました。

同僚のベトナム人は同期も後輩も仲が良く、よくみんなで食事会をし、東京・横浜にも2回、一緒に行きました。本当は京都にも行きたかったのですが、新型コロナの関係でまだ実現していません。

技能実習時代の寮

私の家計簿(1カ月の平均)

※技能実習時代の家計簿

※100円=20,847 VND(2021年7月26日現在)

収入(合計100,000円)
手取り給料 

100,000円

※税金、社会保険費、寮費を差し引いた額

※このうち寮費・光熱費・Wi-Fi代が合計25,000円

支出(合計30,000円)
食費 

15,000円

雑費

15,000円

※生活用品、外食、交通費など

差額・貯金(合計70,000円)

※3年間で約250万円を実家に送金