わたしの体験

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By KOKORO(毎日新聞社+VAIJ主催、在ベトナム日本国大使館など後援)

今回の先輩 

グエン・ティ・リー さん
  • 2016年 高校卒業〈ハイズオン省〉
  • 2016年 送出機関登録〈ハノイ〉
  • 2017年 訪日→研修→農業の技能実習開始〈福岡県〉
  • 2020年 技能実習修了、新型コロナの特例で仕事を継続
  • 2021年 転職について支援団体に相談(3月)〈東京都〉
  • 2021年 食品加工会社に転職(5月)〈岡山県〉

〈1998年生まれ、ハイズオン省出身〉

リーさんの技能実習先の農家では失踪者が続出。リーさんは失踪せず3年半働いたが、転職できることを知って組合に相談した。ところが、組合は「あなたはここでしか働けない」とウソの説明。組合が信用できないため、リーさんたちが頼った先は……。

送出機関に支払った費用

ハノイの街並み

私の両親は米や野菜を作っていますが、自給自足分だけで現金収入はありません。また、弟はまだ大学1年生です。私は送出機関で働いている親せきから技能実習制度を紹介され、家計を助けるために日本で働くことにしました。台湾も選べましたが、桜を見たかったのと、日本の方が経済が発展していると思い、日本に行くことにしました。

高校を卒業して3カ月後の2016年9月、ハノイの送出機関に登録。その直後に受けた最初の面接に合格して実習先が決まり、それから約9カ月間、送出機関の日本語センターで勉強しました。送出機関には手数料と授業料で計6,500 USDを支払いました。それ以外に寮費や準備費も必要だったので、約200,000,000 VND(約97万円)を銀行などから借りました。

※100円=20,678 VND(2021年9月9日現在)

【編集部からのアドバイス】

・送出機関ごとに費用が違います。高い費用を払っても日本で高い給料をもらえるわけではありません。

・ベトナム政府の規定で3年契約の場合の送出手数料は3,600ドル以下と決められています。

・知人の紹介だけに頼らず自分でも送出機関を探しましょう。そうすれば、費用を数千ドル安くできる場合があります。

external link こんなに違う、送出機関への費用 / 徹底比較

農業の技能実習

毎月、給料をもらったら、仲間数人で何か食べに行きました。

私は2016年6月に来日し、翌月から福岡県の農家(会社)で技能実習を始めました。栗、みかん、柿、梨、すもも、キーウイなどの苗木を栽培して他の農家に販売する会社で、日本人は社長と奥さん、息子さん、従業員3人の計6人でした。勤務時間は8:00~17:00(休憩含む)で、畑で雑草を刈ったり、殺虫剤散布を手伝ったりしました。ビニルハウスも3棟あり、ハノイでの面接では社長から「温室で働く仕事」だと説明を受けていましたが、実際には、温室で働いたのは数えるほどで、ほとんど畑での作業でした

失踪続発

仲間でバーベキューを楽しむこともありましが、失踪が続いて人数が減っていきました。

この農場の技能実習生はすべて女性で、最初は先輩5人、同期3人(私を含む)でした。しかし、先輩のうち3人は後に失踪し、私の1年後に来日した後輩3人のうち1人も約1年で帰国しました。最初に失踪したカンボジア人の先輩は、社長にスコップで頭をたたかれて大きなこぶができ、しばらくして失踪しました。

別の先輩が畑で熱中症のような状態になり、社長に「午後は休ませてください」とお願いしたところ、社長は「それだったら、1カ月間休みなさい」と言いました。1カ月も休むと給料がありません。このようなことがあったので、先輩も私たちも体調が悪くても休めず、無理して働くしかありませんでした。その後、ベトナム人の先輩2人も失踪しました。

寮の窓からの眺め

社長は短気で、すぐに怒鳴りました。来日して間もないころ、私は畑で社長から「スコップを持ってきてください」と言われました。しかし、来日前に「シャベル」という日本語は習いましたが、「スコップ」という言葉は教わらなかったので、すぐには返事ができませんでした。すると、社長は大きな声で怒鳴り始めました。そして、仕事の途中だったのに、私は社長が運転する車で事務所に連れて帰られました。社長は車内でも怒鳴り続け、「しばらく仕事を休んで日本語を勉強しなさい!」と私に言いました。私はそれを聞いて泣きました。そして、約2週間仕事に行けず、寮で1人で日本語の勉強をしました。

自由な有給休暇なし

日本では、勤務開始から6カ月経つと、10日間の有給休暇を取る権利を得られます。その後、さらに1年経つごとに11日間、12日間の有給休暇を追加で得られます。有給休暇は自分の好きな日を申請し、会社は申請を認めるか代わりの日を提案しなければなりません。私たちは年末年始とお盆に連休をもらいましたが、自分の好きな日に休めることは教えられていませんでした。そして、会社は雨で畑仕事が出来ない日に私たちを休ませ、その日を有給休暇扱いにしていました。

私は技能実習の3年間を修了し、新型コロナの特例で引き続きこの会社で働いていましたが、転職できることを知って他社の面接を受けようとしました。しかし、会社が休ませてくれないので、面接を受けられません。そのときに技能実習制度に詳しいベトナム人に相談し、本当は好きな日に有給休暇を申請できることを知りました。

日本での生活と実家への送金

年に一度の社員旅行〈2020年〉

問題の多い会社でしたが、私たちを1年に1回、1泊2日で長崎や熊本に旅行に連れて行ってくれました。ただし、自分で遊びに行くには社長の奥さんの許可が必要で、新型コロナのこともあり、自由旅行は一度もできませんでした。仕事がハードなので、休日は疲れてよく眠ったこともあまり外出しなかった原因です。仕事と買い物以外は、寮で過ごすことがほとんどでした。

その分、お金を使わずに済んだので、私は3年間で約250万円(約517,000,000 VND)を実家に送ることができました。そのお金で私の来日時の借金も実家にもともとあった借金(家の建築費用)も完済することができました。今は弟の学費と家族の生活費のために送金しています。ただし、季節によって仕事量や収入が違いました。冬は残業がたくさんあって、手取り給料が約160,000円の月もありました。一方、6~8月は手取り給料が75,000円~80,000円しかありませんでした。

私の家計簿(1カ月の平均)

※100円=20,678 VND(2021年9月9日現在)

手取り給料(平均75,000~160,000円)
手取り給料

75,000~160,000円

※税金、社会保険料、寮費を引いた後の手取り額

※差引額のうち寮費15,000円、水道・光熱費5,000円、Wi-Fi 1,000円

支出(平均 25,000円)
食費

20,000円

 ※自炊

雑費

5,000円

 ※生活雑貨など

差額・貯金(50,000~130,000円)

組合のサポートが欠如

私たちは監理団体(組合)のサポートをほとんど受けられませんでした。組合の担当者(日本人)が私たちに会うのは技能試験の直前など年に1、2回だけで、通訳も連れてきません。そのときに「社長が厳し過ぎます」と訴えても取り合わず、「がんばってください」と言うのみでした。また、組合の通訳と実習生たちが連絡を取り合うLINEやメッセンジャーのグループもありませんでした。そこで、組合に連絡を取るには社長の奥さんに頼むしかありませんでした。

組合の代わりにサポートしてくれたNPOの吉水代表(右端)。左端が私。

来日して3年半経っても給料が上がらないので、私と同僚は2021年2月、社長や奥さんに「他社に転職したいです。組合と相談させてください」と告げました。社長は机をたたいて怒り、その日から私たちを無視するようになりました。私たちはFacebookで見た求人情報に連絡を取り、オンラインで一次面接を受けて合格しましたが、二次面接は対面なので、会社を休まなければなりません。私たちは奥さんに「転職の面接を受けたいので、明日、2時間だけ有給を取りたい」とお願いしましたが、「休みたいなら1週間前に言いなさい」と断られました。

このようなことが3回ぐらい続き、私たちは奥さんに何度も頼んで組合に来てもらい、2021年3月、社長、奥さん、組合担当者2人と転職について話し合いました。通訳も途中から電話で参加しました。私たちはその2日前からNPO法人「日越ともいき支援会」に相談し、転職する方法を理解していたので、組合担当者に転職手続きのサポートを依頼しました。しかし、担当者は「あなたたちのビザ(在留資格)では他社では働けない。そのNPOの人は悪い人で、あなたたちはだまされている」とウソをつきました。私たちは「組合がサポートしてくれないのなら、NPOに依頼します」と伝えました。

NPOの施設で合宿生活

博多駅から新幹線で東京へ〈2021年3月〉

私たちが組合からサポートを断られたので、「日越ともいき支援会」の吉水さん(里枝さん)が組合や会社と交渉を始め、外国人技能実習機構(OTIT)にも連絡してくれました。里枝さんは約10日後、組合の要請で東京から社長に会いに来ましたが、なぜか社長は里枝さんと会わず、私と同僚だけが博多駅で里枝さんと初めて会いました。里枝さんは組合や社長と電話で話し合い、私たちは支援会で保護してもらうことになりました。

博多駅近くのホテルに1泊後、私たちは新幹線で東京に行き、その日から支援会の施設(寺院)に泊めてもらうことになりました。施設では、ほかにもたくさんのベトナム人が保護されて合宿生活を行っており、私たちも仲間に入れてもらったのです。寮に残してきた荷物は宅急便で送ってもらいました。

日越ともいき支援会での勉強の様子

それから約2週間後、私は支援会から紹介された「岡三食品」という会社の面接を受けて合格しました。そして、同社で働き始めるまでの約2カ月間、支援会で日本語の勉強を毎日8時間(無料の授業と自習)やりました。その間、在留資格変更の手続きは、支援会が無料でやってくれました。当面は新型コロナ関連の特例の在留資格でアルバイトとして働きますが、日本語能力試験(JLPT)N4以上と技能試験に合格すれば、特定技能に資格変更できます。特定技能外国人になれば、最長で5年間働けます。

日本にも親切な人がたくさん

岡三食品の商品

こうして私は2021年5月から岡山市の「岡三食品」で働いています。むき栗などの袋詰め食品を作る会社で、日本人約35人、外国人8人が工場で働き、栗の洗浄や選別、包装、検品、製品の梱包などを機械と手作業で行っています。同社はもともと技能実習生を雇用していましたが、新型コロナの影響で新しい人が来なくなり、これからは特定技能外国人も雇っていくそうです。社長も従業員の皆さんも親切で、「仕事は大変ですか?」「家で困っていることはありませんか?」「職場で日本語をたくさん話して上手になってください」など、いろいろと声をかけてくれます。

技能実習では苦しいこともたくさんありましたが、今回の転職を通じて日本にも親切な人がたくさんいることが分かりました。お世話になった方々に感謝します。そして、今後できるだけ長く日本で働きたいと希望しています。

今回の先輩 

グエン・ティ・リー さん
  • 2016年 高校卒業〈ハイズオン省〉
  • 2016年 送出機関登録〈ハノイ〉
  • 2017年 訪日→研修→農業の技能実習開始〈福岡県〉
  • 2020年 技能実習修了、新型コロナの特例で仕事を継続
  • 2021年 転職について支援団体に相談(3月)〈東京都〉
  • 2021年 食品加工会社に転職(5月)〈岡山県〉

〈1998年生まれ、ハイズオン省出身〉

リーさんの技能実習先の農家では失踪者が続出。リーさんは失踪せず3年半働いたが、転職できることを知って組合に相談した。ところが、組合は「あなたはここでしか働けない」とウソの説明。組合が信用できないため、リーさんたちが頼った先は……。

送出機関に支払った費用

私の両親は米や野菜を作っていますが、自給自足分だけで現金収入はありません。また、弟はまだ大学1年生です。私は送出機関で働いている親せきから技能実習制度を紹介され、家計を助けるために日本で働くことにしました。台湾も選べましたが、桜を見たかったのと、日本の方が経済が発展していると思い、日本に行くことにしました。

高校を卒業して3カ月後の2016年9月、ハノイの送出機関に登録。その直後に受けた最初の面接に合格して実習先が決まり、それから約9カ月間、送出機関の日本語センターで勉強しました。送出機関には手数料と授業料で計6,500 USDを支払いました。それ以外に寮費や準備費も必要だったので、約200,000,000 VND(約97万円)を銀行などから借りました。

※100円=20,678 VND(2021年9月9日現在)

ハノイの街並み

【編集部からのアドバイス】

・送出機関ごとに費用が違います。高い費用を払っても日本で高い給料をもらえるわけではありません。

・ベトナム政府の規定で3年契約の場合の送出手数料は3,600ドル以下と決められています。

・知人の紹介だけに頼らず自分でも送出機関を探しましょう。そうすれば、費用を数千ドル安くできる場合があります。

external link こんなに違う、送出機関への費用 / 徹底比較

農業の技能実習

私は2016年6月に来日し、翌月から福岡県の農家(会社)で技能実習を始めました。栗、みかん、柿、梨、すもも、キーウイなどの苗木を栽培して他の農家に販売する会社で、日本人は社長と奥さん、息子さん、従業員3人の計6人でした。勤務時間は8:00~17:00(休憩含む)で、畑で雑草を刈ったり、殺虫剤散布を手伝ったりしました。ビニルハウスも3棟あり、ハノイでの面接では社長から「温室で働く仕事」だと説明を受けていましたが、実際には、温室で働いたのは数えるほどで、ほとんど畑での作業でした

毎月、給料をもらったら、仲間数人で何か食べに行きました。

失踪続発

この農場の技能実習生はすべて女性で、最初は先輩5人、同期3人(私を含む)でした。しかし、先輩のうち3人は後に失踪し、私の1年後に来日した後輩3人のうち1人も約1年で帰国しました。最初に失踪したカンボジア人の先輩は、社長にスコップで頭をたたかれて大きなこぶができ、しばらくして失踪しました。

別の先輩が畑で熱中症のような状態になり、社長に「午後は休ませてください」とお願いしたところ、社長は「それだったら、1カ月間休みなさい」と言いました。1カ月も休むと給料がありません。このようなことがあったので、先輩も私たちも体調が悪くても休めず、無理して働くしかありませんでした。その後、ベトナム人の先輩2人も失踪しました。

仲間でバーベキューを楽しむこともありましが、失踪が続いて人数が減っていきました。

社長は短気で、すぐに怒鳴りました。来日して間もないころ、私は畑で社長から「スコップを持ってきてください」と言われました。しかし、来日前に「シャベル」という日本語は習いましたが、「スコップ」という言葉は教わらなかったので、すぐには返事ができませんでした。すると、社長は大きな声で怒鳴り始めました。そして、仕事の途中だったのに、私は社長が運転する車で事務所に連れて帰られました。社長は車内でも怒鳴り続け、「しばらく仕事を休んで日本語を勉強しなさい!」と私に言いました。私はそれを聞いて泣きました。そして、約2週間仕事に行けず、寮で1人で日本語の勉強をしました。

寮の窓からの眺め

自由な有給休暇なし

日本では、勤務開始から6カ月経つと、10日間の有給休暇を取る権利を得られます。その後、さらに1年経つごとに11日間、12日間の有給休暇を追加で得られます。有給休暇は自分の好きな日を申請し、会社は申請を認めるか代わりの日を提案しなければなりません。私たちは年末年始とお盆に連休をもらいましたが、自分の好きな日に休めることは教えられていませんでした。そして、会社は雨で畑仕事が出来ない日に私たちを休ませ、その日を有給休暇扱いにしていました。

私は技能実習の3年間を修了し、新型コロナの特例で引き続きこの会社で働いていましたが、転職できることを知って他社の面接を受けようとしました。しかし、会社が休ませてくれないので、面接を受けられません。そのときに技能実習制度に詳しいベトナム人に相談し、本当は好きな日に有給休暇を申請できることを知りました。

日本での生活と実家への送金

問題の多い会社でしたが、私たちを1年に1回、1泊2日で長崎や熊本に旅行に連れて行ってくれました。ただし、自分で遊びに行くには社長の奥さんの許可が必要で、新型コロナのこともあり、自由旅行は一度もできませんでした。仕事がハードなので、休日は疲れてよく眠ったこともあまり外出しなかった原因です。仕事と買い物以外は、寮で過ごすことがほとんどでした。

その分、お金を使わずに済んだので、私は3年間で約250万円(約517,000,000 VND)を実家に送ることができました。そのお金で私の来日時の借金も実家にもともとあった借金(家の建築費用)も完済することができました。今は弟の学費と家族の生活費のために送金しています。ただし、季節によって仕事量や収入が違いました。冬は残業がたくさんあって、手取り給料が約160,000円の月もありました。一方、6~8月は手取り給料が75,000円~80,000円しかありませんでした。

年に一度の社員旅行〈2020年〉

私の家計簿(1カ月の平均)

※100円=20,678 VND(2021年9月9日現在)

手取り給料(平均75,000~160,000円)
手取り給料

75,000~160,000円

※税金、社会保険料、寮費を引いた後の手取り額

※差引額のうち寮費15,000円、水道・光熱費5,000円、Wi-Fi 1,000円

支出(平均 25,000円)
食費

20,000円

 ※自炊

雑費

5,000円

 ※生活雑貨など

差額・貯金(50,000~130,000円)

組合のサポートが欠如

私たちは監理団体(組合)のサポートをほとんど受けられませんでした。組合の担当者(日本人)が私たちに会うのは技能試験の直前など年に1、2回だけで、通訳も連れてきません。そのときに「社長が厳し過ぎます」と訴えても取り合わず、「がんばってください」と言うのみでした。また、組合の通訳と実習生たちが連絡を取り合うLINEやメッセンジャーのグループもありませんでした。そこで、組合に連絡を取るには社長の奥さんに頼むしかありませんでした。

来日して3年半経っても給料が上がらないので、私と同僚は2021年2月、社長や奥さんに「他社に転職したいです。組合と相談させてください」と告げました。社長は机をたたいて怒り、その日から私たちを無視するようになりました。私たちはFacebookで見た求人情報に連絡を取り、オンラインで一次面接を受けて合格しましたが、二次面接は対面なので、会社を休まなければなりません。私たちは奥さんに「転職の面接を受けたいので、明日、2時間だけ有給を取りたい」とお願いしましたが、「休みたいなら1週間前に言いなさい」と断られました。

このようなことが3回ぐらい続き、私たちは奥さんに何度も頼んで組合に来てもらい、2021年3月、社長、奥さん、組合担当者2人と転職について話し合いました。通訳も途中から電話で参加しました。私たちはその2日前からNPO法人「日越ともいき支援会」に相談し、転職する方法を理解していたので、組合担当者に転職手続きのサポートを依頼しました。しかし、担当者は「あなたたちのビザ(在留資格)では他社では働けない。そのNPOの人は悪い人で、あなたたちはだまされている」とウソをつきました。私たちは「組合がサポートしてくれないのなら、NPOに依頼します」と伝えました。

組合の代わりにサポートしてくれたNPOの吉水代表(右端)。左端が私。

NPOの施設で合宿生活

私たちが組合からサポートを断られたので、「日越ともいき支援会」の吉水さん(里枝さん)が組合や会社と交渉を始め、外国人技能実習機構(OTIT)にも連絡してくれました。里枝さんは約10日後、組合の要請で東京から社長に会いに来ましたが、なぜか社長は里枝さんと会わず、私と同僚だけが博多駅で里枝さんと初めて会いました。里枝さんは組合や社長と電話で話し合い、私たちは支援会で保護してもらうことになりました。

博多駅近くのホテルに1泊後、私たちは新幹線で東京に行き、その日から支援会の施設(寺院)に泊めてもらうことになりました。施設では、ほかにもたくさんのベトナム人が保護されて合宿生活を行っており、私たちも仲間に入れてもらったのです。寮に残してきた荷物は宅急便で送ってもらいました。

博多駅から新幹線で東京へ〈2021年3月〉

それから約2週間後、私は支援会から紹介された「岡三食品」という会社の面接を受けて合格しました。そして、同社で働き始めるまでの約2カ月間、支援会で日本語の勉強を毎日8時間(無料の授業と自習)やりました。その間、在留資格変更の手続きは、支援会が無料でやってくれました。当面は新型コロナ関連の特例の在留資格でアルバイトとして働きますが、日本語能力試験(JLPT)N4以上と技能試験に合格すれば、特定技能に資格変更できます。特定技能外国人になれば、最長で5年間働けます。

日越ともいき支援会での勉強の様子

日本にも親切な人がたくさん

こうして私は2021年5月から岡山市の「岡三食品」で働いています。むき栗などの袋詰め食品を作る会社で、日本人約35人、外国人8人が工場で働き、栗の洗浄や選別、包装、検品、製品の梱包などを機械と手作業で行っています。同社はもともと技能実習生を雇用していましたが、新型コロナの影響で新しい人が来なくなり、これからは特定技能外国人も雇っていくそうです。社長も従業員の皆さんも親切で、「仕事は大変ですか?」「家で困っていることはありませんか?」「職場で日本語をたくさん話して上手になってください」など、いろいろと声をかけてくれます。

技能実習では苦しいこともたくさんありましたが、今回の転職を通じて日本にも親切な人がたくさんいることが分かりました。お世話になった方々に感謝します。そして、今後できるだけ長く日本で働きたいと希望しています。

岡三食品の商品