わたしの体験

img detail
2020年04月17日 わたしの体験

今回の先輩

Lê Thường Tín(レ・トゥオン・ティン)さん

1991年生まれ、ゲアン省出身
2013年 7月 VTC高校卒業
2014年10月 「新日本商事」で技能実習開始
2017年10月 技能実習を終えて帰国
2017年10月 「新日本商事ホーチミン駐在員事務所」所長
2019年10月 「新日本商事ベトナム」を設立し、社長に就任

はじめに

 建設の技能実習で大勢の日本人に囲まれて外国人1人で働き、実習先の経営者に見込まれて、帰国後に現地法人の立ち上げを任されたティンさん。会社でかわいがられ、週末には他社の技能実習仲間と日本生活をエンジョイした。また、仕事のかたわら、独学で日本語の勉強にも時間をかけた。日本での努力が実り、現地法人の社長として、日本で身に付けた技能と日本語を生かして働くティンさんの体験談を紹介する。

東京近郊に住むベトナム人仲間を頼って東京旅行【新宿駅で2016年8月】

送出機関

 私は少ない費用で日本に技能実習に行くことができました。それは、ベトナムの労働・傷病兵・社会問題省と日本の公益財団法人・国際人材育成機構(略称:アイム・ジャパン)との覚書に基づくプログラムで、同省の出先機関である「海外労働センター」がベトナムで選抜試験を行って技能実習生を送り出す制度のおかげでした。

・I’m Japan http://www.imm.or.jp/index.html

 このプログラムの説明会の案内が新聞に載っており、私は、2014年2月にヴィン市で開かれた説明会に行きました。当時携わっていた塗装の仕事が暇だったので、新しい仕事を探していたのです。その後、ハノイで試験を受けて合格し、3月からハノイの海外労働センターで7カ月間、勉強しました。日本に行くまでに私が支払ったのは寮費・食費の計約20,000,000 VNDだけで、ほかの費用は一切不要でした。ですから、日本に行くための借金もゼロでした。

・I’m Japanプログラムの技能実習生募集に関するページの例

http://colab.gov.vn/tin-tuc/2095/THONG-BAO-TUYEN-CHON-THUC-TAP-SINH-NAM-DI-THUC-TAP-KY-THUAT-TAI-NHAT-BAN-THEO-CHUONG-TRINH-IM-JAPAN-DOT-32019.aspx

仙台市内の公園で花見。実習先の会長と奥さんが車で連れて行ってくれました。【2015年4月】

建設現場での技能実習

 ハノイで勉強を初めて約1カ月後、新日本商事(宮城県美里町)の面接で合格し、2014年10月に日本に行きました。アイム・ジャパンで1カ月間の講習を受けた後、東京に約1週間滞在して「玉がけ」について学び、資格を取得しました。玉がけとはクレーンにものをつり下げたり外したりする作業のことです。

東京での玉掛け講習。タイやベトナムから来た同業種の技能実習生たちと。【2014年11月】

 新日本商事ではもう一人のベトナム人と私の2人が技能実習生第1号でした。しかし、もう一人は1年で帰国し、残り2年間は私だけが外国人という環境でした。朝5時半に起きて弁当を作り、7時に家を出ます。現場が遠い場合は4時に家を出ることもありました。現場で8時から17時まで働き、終わったら本社で日報を書いてから帰宅しました。

初めての現場【宮城県で2014年12月】

 住宅の足場を組む仕事では3人、太陽光発電の装置を設置する仕事では5~10人でチームを組みます。また、道路の側溝をつくる仕事では5人でした。外国人は私1人だけなので、日本語をうまくなるしかありません。毎日たくさん会話をし、皆さんもゆっくりわかりやすく話してくれました。

太陽光発電装置の設置現場で【宮城県で2015年10月】
私たちが設置した太陽光発電装置【宮城県で2015年10月】

様々なサポート

 外国人が少ないので、職場の皆さんが親切にしてくれました。会社の会長も旅行や食事に招待してくれました。会長は3年間で3回、お正月に宮城県の鳴子温泉に1泊2日で連れて行ってくれました。会長が車を運転し、神社で初詣をしてから温泉に行きます。会長も奥さんも私のことを「ティン君」と呼んで大事にしてくれました。

会長ご夫妻と鳴子温泉へ旅行【2015年1月】

 帰国前には、現場で一緒に仕事をした人だけでなく営業や事務の人を含めて大勢で送別会をしてもらいました。監理団体のアイム・ジャパンも私たちをサポートしてくれました。宮城県内のアイム・ジャパンの実習生が集まる「安全衛生大会」が年に1度あり、安全や教養に関する講習を受け、懇親会もありました。

帰国前に開いてもらった会社の送別会【2017年10月】
仙台市で開かれたアイム・ジャパンの「安全衛生大会」【2017年】

日本での生活

 残業がないので手取り給料は決して多くなかったのですが、寮費がなく、朝夕の食事も会社が支給してくれたので、3年間で200万円あまりを実家に送ることができました。アイム・ジャパンのおかげで借金なしで訪日できたので、送金したお金はまるまる貯金になりました。

親せき2人が技能実習で日本に来たので、東京で留学中だった妹(右端)と一緒にガイダンス【埼玉県で2017年8月】
妹や妹の留学仲間と一緒に海水浴【2017年8月】

私の家計簿(1カ月の平均)

※100円=21,706 VND(2020年4月6日現在)

手取り給料(約105,000円)

手取り給料105,000円
※税金、社会保険料を引いた後の手取り額の平均
※寮費や水道・光熱費はなし(ワンルーム、トイレ・風呂・台所は室外で共用)
※これ以外に年に2回、ボーナス(50,000円)

支出(合計 45,000円)

食費15,000円
※朝食と夕食は寮で会社が無料で支給
※弁当の食材と現場で飲むジュース代
雑費30,000円
※衣類、交通費、外食費、本代

差額(貯金) 平均60,000円

※3カ月ごとに18万円を実家に仕送り

 毎週日曜、美里町から仙台に行き、友だちと交流しました。海外労働センターで一緒に学んだ同期6人(=この6人は同じ建設会社)がおり、彼らの寮で一緒にご飯を食べたり、たまにカラオケに行ったりしました。宮城県内の他の同期生が合流することもありました。長期休暇時には一緒に東京や北海道にも行きました。

仙台市内の友人宅にベトナム人仲間が集まり、日本のお正月をお祝い【2017年1月1日】
ベトナム人仲間と仙台駅前で【2017年1月2日】

日本語の勉強

 ハノイの海外労働センターでの授業は毎日6時間半ありました。16時に授業が終わり、夕飯後に自習をしましたが、宿題が多いので、午前2時までかかることもありました。私の成績は100人中3、4番でした。

 教科書以外に、週末はインターネットでも勉強しました。You Tubeチャンネル「日本語の森」や辞書アプリのmazziを使いました。mazziでは簡単な新聞記事(ふりがな付き)も読め、音声も出ました。

 https://mazii.net/

 https://mazii.net/search?hl=vi-VN

 日本に行ってからも毎晩8時から10時まで勉強し、訪日2年目に日本語能力試験(JLPT)のN2に合格しました。「新完全マスター」シリーズ(スリーエーネットワーク)や「日本語の森」(You Tube)などを使いました。単語や文法はFacebookの学習ページを携帯電話に保存し、仕事の休憩時間や移動の車内で覚えました。土曜・日曜も4時間ぐらい勉強しました。また、テレビのニュースやドラマも見ました。最初はあまり理解できませんでしたが、だんだん分かるようになりました。ベトナムに帰国後も、顧客の6割以上が日系企業なので、Facebookで単語を覚える努力は続けています。

FBの日本語学習ページの情報を携帯電話に保存して勉強

現地法人の立ち上げを手伝い、社長に

 技能実習を終えて2017年10月20日にハノイに帰国後、11月1日かは新日本商事のホーチミン駐在員事務所で働き始めました。実習3年目の2017年、会長と一緒にホーチミンに2回行き、市場調査をして駐在員事務所を設置しました。この年の始め、会長から「帰国後、うちの仕事をベトナムで手伝ってほしい」と言われ、「分かりました」と返事をしていました。駐在員事務所は2019年に現地法人に移行し、私は社長を任されました。手取り月給は約22,000,000 VNDです。

日本に出張。新日本商事で会長(右端)やネパール駐在員事務所長と。【2019年12月】

 ベトナムで最初に手がけたのは、中古の建築機材(ユンボー、クレーン)を日本からベトナムに輸入して販売する仕事です。また、足場の組み立てと解体を受注し、ローカルの建設会社に下請けに出す仕事もしています。足場関係の顧客の6割以上が日系企業で、日本語力を生かして営業しています。また、足場を組み立て・解体に関しては、技能実習での経験を生かして現場監督もしています。

現地法人のオフィスで【2019年11月】

 帰国後、こうして会社の経営を任され、とてもやりがいがあります。新日本商事の社長と会長に感謝しています。従業員はまだおらず、1人で運営していますが、近い将来、技能実習経験者たちを仲間に加え、受注を拡大していきたいと思っています。

婚約式で婚約者や親族と【ゲアン省で2019年12月】